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2010年12月

2010年12月30日 (木)

ドクターシーラボ グランプリ授賞式に行く

化粧品メーカー・ドクターシーラボ主催の

チャレンジTHEリフト

最終選考会およびグランプリ授賞式に行く。

主に30代、40代の女性たちが半年以上をかけて、

どれだけ若々しく美しくなれるかという大会。

最終選考に残った8名がお披露目の後、

グランプリの授賞式が行われた。

先日はストーリー主催の美魔女コンテストに行ってきたが、

40代女性たちが躍動しているのはなかなかに興味深く、

時代の匂いがする。

最近アンチエイジングに関心がある。

そのアンテナをはっているせいか、

黙って老化などするものかという

女性たちの勢いを感じるのだ。

男たちがしょぼくれているのに、面白いことだ。

エンバーミングが

永遠への渇望だとすれば、

アンチエイジングは生命や女であることの本能であろう。

グランプリに輝いた女性にティアラがのっけられ、

笑顔の中で大会は閉幕した。

Drci

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2010年12月28日 (火)

大竹まことのゴールデンラジオに生出演します

今日、日経新聞に「ゆれるあなたに贈る言葉」の

大きな広告が出ました。

その効果でしょう。

アマゾンでは急上昇していました。

新聞の力は強力ですが、明日29日はラジオに生出演します。

文化放送 大竹まことのゴールデンラジオです。

時間は1425分ぐらいから1450分までです。

お相手は水谷加奈アナウンサーと太田英明アナウンサーです。

(関東地方はAM1134)

生放送なので、失言したり、詰まったりしないか、

もろもろ不安です。

テレビの未来や、本の事など話したいと思います。

聴いてみてください。

Nikkei

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2010年12月25日 (土)

八重洲ブックセンター店頭の光景「ゆれるあなたに贈る言葉」

編集者が八重洲ブックセンターに並ぶ「ゆれるあなたに贈る言葉」

の写真をとってくれました。

2面展開してくれていたのですが、手にとって欲しいものです。

この本は30代以上の仕事に悩む

真摯な人々を意識して書いたのですが、

不思議にも大学生からも反響を頂いています。

現在の就職の困難さは過酷です。

30社、40社も回ってるのに職に就けない学生が膨大にいます。

難行苦行のような状態です。

企業の雇用年齢を65歳に引き上げる流れの一方で、

若者に仕事が回らない事態が生じているのです。

仕事への渇望を抱き、より仕事を意識していることが

この本を手にしている理由かもしれません。

私の価値観では、ある年齢、60歳を前後すれば企業を離れ、

その経験を別の場所で役立てる方が、

社会は多様になると思います。

その分を若者に門戸開放し、

仕事が循環してゆく世が理想なのでしょう。

しかし、現実には60歳を受け止める余裕も、

若者に働き場を提供する容量もないほど、

この国はやせ衰えているのです。

Img_3362

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2010年12月22日 (水)

シンデレラマン 無垢の笑顔クォン・サンウ

「悲しみよりもっと悲しい物語」を見た。

私を含めてクォン・サンウ好きにはたまらない映画だが、

不満があるとすれば笑顔がほとんど見られないことにある。

クォン・サンウが他の役者よりも

明らかに勝っていると思う点が二つある。

一つは肉体である。

あれだけ凄まじい筋肉美にまとわれた肉体を見たことがない。

どれほど激しいトレーニングをしているか分からないが、

安定した肉体が放つエネルギーを感じる。

そして、もうひとつの魅力が笑顔。

子どものようにクスッ(^m^ )とやる。

あるいは、てらいもなく、満面の笑みを見せる。

「こいつは本当にいいやつなんだろうな」と思わせる笑顔だ。

クォン・サンウは無垢の笑顔を見せることが出来る役者である。

韓国に美男俳優は数多くいるが、

どこか、顔の下半分で目が笑っていないとか、

演技の匂いがしてしまう役者もいる。日本人もそうだが。

クォン・サンウの笑顔の魅力が爆発したのが

「シンデレラマン」だ。

南大門で一攫千金を目指す男の役だが、

とにかくよく笑う。

見ているほうも気持ちがすかっとする笑いっぷりだ。

(ジッポー)NO9

白地にクリスタルです。Zippo9

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2010年12月20日 (月)

川井郁子のヴァイオリンにひたる

私の音楽空間は今、川井郁子に占められている。

きっかけはサントリーホールで見た彼女の姿である。

純白の流れる水のようなロングドレスに身を包み、

豊かな肢体を揺すりながら、妖艶な笑みをたたえながら、

情熱的にヴァイオリンを弾く姿は圧巻であった。

ニンフ(精霊)のようだ。

演奏の技術も素晴らしかったが、

魅せるヴァイオリニストでもあった。

それ以来、彼女のCDを聴く毎日である。

お気に入りは、嵐が丘のアルバムだ。

我が家のマッサージチェアーはCD連動タイプ。

CDをセットすると、その演奏に連動してマッサージ機が動く。

毎日就寝前は、3、4曲彼女の演奏に揺さぶられながら、

眠りへの助走をする。

さらにミュージックプレーヤーにも彼女の曲が入っている。

恥ずかしながら、キティちゃんのデザインだ。Kitty

電車で移動するときや、

喫茶店で読書をするときに、

愛用している。

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2010年12月19日 (日)

善徳女王・ミシルの存在感

全62話「善徳女王」を見終えた。

過去に見た連続ドラマの中で、もっとも長いシリーズだった。

このドラマの面白さは、脇役・敵役の充実にある。

時に主役を凌駕するほど、悪役の方がチャーミングであったり、

人間味を感じさせたりする。

その象徴といえるのは新羅の

実質的な権力者・ミシル(コ・ヒョンジュン)だった。

美貌もさることながら、妖気すら感じる雰囲気、

人材の活用術、人間心理の洞察力など、

悪役にこれだけの才能を与えていいのかと思うほど、

絶対的な存在として描かれた。

その笑みのひとつ、眉間に入る皴のひとつが、

実にびしりと決まっていた。

ミシルは誠に魅力に溢れた悪の華であった。

ドラマの途中からミシルの全てが面白くなり、

彼女が死んでからは、その不在感を抱いたのは私だけだろうか。

ミシルの弟も気に入っている。

最後、謀反に失敗した時に「面白い人生だった」と

豪語とも諦観ともつかぬ言葉を吐くが、なぜか胸に響いた。

韓国の時代物も数多く出ているが、

善徳女王には三韓統一という大テーマがあった。

これをしのぐほどの政治的激動とロマン溢れる時代はあるのだろうか。

(ジッポー)NO8

蝶々のデコをしたもの。淡い色がいいかな。Zippo8

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2010年12月18日 (土)

「ONE PIECE」が押し寄せてくる

基本的にマンガは読まない。アニメもほとんど見ない。

その私の周辺に「ONE PIECE」が押し寄せている。

知人が会社でまわし読みしているマンガがあるので、

あなたも読んでみないかと15冊をどんと渡された。

「ONE PIECE」だった。

スポーツ新聞を開くと、西武ライオンズの選手の間に、

このマンガを読む会があると知る。

一般紙を開くと日産自動車の広告に、

登場人物たちの姿が踊っていた。

近くの宅配ピザ屋の入り口にもタイアップしたのか、

ONEPIECEのポスターが貼ってあった。

さらに銀座で期間限定ONEPIECEレストランが

オープンしたという話を聞いた。

マンガが何千万部売れても、若い人向けであれば市場や客層が違い、

暮らしには影響しないものである。

ところが、このマンガは確実に社会現象になろうとしているのが、

実感できる。

すでに12年前に第一巻が発売されていた。

いつ火がついたのだろうか。

媚薬のような力を持っているのだろうか。

私もはまるのだろうか、おそるおそるページを開いた。

(ジッポー)NO7

カメオを中心にすえて、デコしたものです。Zippo7

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2010年12月17日 (金)

マリリンモンローは異星人

マリリンモンローの映画を立て続けに見た。

「お熱いのがお好き」「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」

「帰らざる河」「七年目の浮気」

悪女あり、キュートな役、幸薄い女の役もあった。

まぶしいほどの金髪、愛くるしい顔、豊満でしなやかな肢体と

どこをとってもため息が出るほど魅惑的だ。

とても同じ星の人間とは思えない。

さらに甘い声が耳元に囁きかけるにいたっては、

もう虜になり、画面に釘付けになってしまう。

モンローとオードリーヘップパーンは映画史の中で別格だろう。

一番好きなのは「帰らざる河」。

最後の場面、酒場でモンローが歌うのにはジーンときた。

モンローは歌える女優なのだ。

その歌声がすこしハスキーで低くて、とてもいい。

彼女は、数少ない(他に思いつかない)歌えるスターでもある。

ドレスや網タイツなどショービジネスの格好も勿論いいのだが、

帰らざる河ではブルージーンズに白いシャツだ。

大自然の中に置かれたモンローの姿は目がくらむほど美しい。

モンローは異星人でなければ、神様の配合か、

気まぐれによって生み出された女優なのだろう。

モンローを見すぎたせいだろうか、

他の女優をまったくきれいに思わないのだ。困ったことである。

(今日のチョコです)Choco2

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2010年12月15日 (水)

カリスマ美容師そして剃髪

表参道のヘヤーサロンTURは大人気店だ。

オーナー兼美容師の佐久間さんは、カリスマ美容師でもある。

彼のファンの女性は髪形に困れば佐久間さんに相談するといい、

髪の魔術師のあだ名もあるようだ。

佐久間さんに髪のことを色々と聞く。

例えば、金髪にすると薬品で何度も染め上げるので、

少々痛いとのこと。

さらに頭だけ金色にすると違和感があるので、

眉毛も染めなければならないとのことであった。

TURは男性客も多いとの事で、一度お邪魔して

カリスマの手技を体験してもいいかなと思っているが、

その前にやりたい髪型がある。

剃髪である。

バリカンでは剃髪にならない、

かみそりでそらなければいけない。

十七歳のとき、修行のために寺にこもった。

本格的な修行寺、臨済宗妙心寺派の養賢寺である。

朝四時におき、寺の延々と長い廊下を拭き掃除し、

座禅を組んだ。

雑念の多さゆえか、棒で激しく肩を叩かれた。

修行寺だけに手加減はなかった。

私の肩で分厚い棒が折れたこともあった。

修行に当たり、寺の手伝いの人から、

頭を剃られた。

青々とした頭の形がくっきりとし、恥ずかしかったが、

きりっとした気持ちになれたのである。

張り詰めた青春の1ページを呼び起こすために、

もう一度、剃髪にチャレンジしてみたい。Zippo6

(ジッポーNO6)

原宿でデコしてもらったもの。

タイガーアイがポイントです。

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2010年12月14日 (火)

釣りバカ日誌の舞台にもなった佐伯より

Aji 故郷大分県佐伯市より、鯵が届いた。

浜で採れた新鮮な鯵を酢でしめたもので、

特級品の寿司ネタだ。

おふくろが、捌いてくれた。

紫蘇も一緒に入れてくれていたので、

早速、しゃりをつくった。

鯵と紫蘇でくるみ、

豊後産鯵寿司が出来上がった。

早速食べたが、

とびきりのうまさであった。

大分県は豊後水道に面している。

豊後水道は、魚の宝庫である。

ご存知、関あじ、関さばに始まり、

城下かれい、ふぐまで、

海流に叩かれたうまい魚が取れる。

鳥羽一郎の「兄弟船」に歌われたのは

隣町の大分鶴見町である。

そしてわが故郷佐伯市は

釣りバカ日誌の舞台にもなった。

(映画第21話「ようこそ鈴木建設御一行様」)

ごたぶんにもれず、地方は厳しい。

故郷の町は経済的には困窮している。

しかし、豊饒の海を持っていることは誇りだろう。

(一日置くと酢のなじみがさらにしっくりとし、

うまさがましました)

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2010年12月12日 (日)

葬式友達

「会社の人間関係の大半は,ぜい肉と思え

 仕事の輪を広げ、大事な人を探してみることだ」

「ゆれるあなたに贈る言葉」(小学館)より

この本は、働く人々の心情を思いながら書いた。

事前に調べたアンケートでは、会社の人間関係に悩む人が

膨大にいた。

会社の人間関係はうわべだけのものが多い。

その事実を、退職した後に

誰も振り向いてくれないことで知らされる人もたくさんいる。

いつまでも、そこに執着しても仕方ないことなのだ。

50歳も過ぎると自分の我は強固なものになるだろう。

他人の意見を聞くぐらいなら、付き合わないと、

ひねくれたりする。

だが、それを超えて、付き合える友人は大事にしなければならない。

会社の中で地位から遠ざかり、容姿だって大きく衰える年齢である。

取り巻きも減り、恋愛もままならないが、

その時代から人生の最期にいたるまでの友達は重要だ。

言わば、葬式友達になれる関係性である。

自分の葬式を思い描いたとき、

その場に寄り添ってもらいたい顔ぶれが思い浮かぶだろう。

本気で別れをつらいと感じてくれる仲間だ。

義理や会社の関係だけの人間は出来れば出席してほしくない。

小ぶりな葬式でもいいから本物にしたい。

それは自分の葬式だけでなく、親や友人の葬儀においてもそう思う。

(ジッポー)NO5

誕生日のプレゼントにもらったものです。Zippo5

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2010年12月11日 (土)

タモリも驚愕!198センチのアナウンサー

関西の人気アナウンサー、子守康範さんとご飯を食べた。201012_002

毎日放送の「子守康範 朝からてんコモリ!」

のパーソナリティーである。

番組で、私の著書「ガラスの巨塔」や「ゆれるあなたに贈る言葉」

を紹介してくれた。

子守さんの身長は198センチ。

日本一背の高いアナウンサーと呼ばれている。

あのダルビッシュよりも大きいのだ。

写真を見ていただくとその大きさが分かる。

ちなみに、私は172センチだ。

子守さんは以前「笑っていいとも」に出演、

タモリも驚いたのである。

からだは大きいが、非常に細やかな気配りをされる方で、

かつ仕事への熱い情熱も持っている。

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2010年12月10日 (金)

梶原しげるさんのラジオに出演

201012_018 梶原しげるさんの「トークトゥトーク」に出演しました。

梶原さんは名アナウンサーとして知られています。

実際に会うと、ソフトな人柄で、

いい時間を過ごすことが出来ました。

放送が近づいたらお知らせします。

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2010年12月 8日 (水)

「高野孟のラジオ万華鏡」対談映像です

「高野孟のラジオ万華鏡」に出演した映像が

配信されています。

高野さんはジャーナリトとして、テレビでもお馴染みですが、

とても雰囲気のある方でした。

ラジオの対談が、まさかネットで流れるとは

思っていませんでした。

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2010年12月 5日 (日)

「バッドラブ」イ・ヨウォンが出ていたのか

「天国の階段」の余韻が覚めやらぬままに、

すっかり気に入ってしまったクォン・サンウの出演作品を

片っ端から見てきた。

その中に「バッドラブ」も入っていた。

実は、このドラマにイ・ヨウォンがヒロイン役で出ていたことに、

つい先日まで気づかなかった。

「善徳女王」で初めてイ・ヨウォンを見て、

「外科医ポンダルヒ」で、その魅力的な表情を認識した

と思っていたのだが、

その前にドラマのシリーズで見ていたのだ。

何故、記憶がないのだろう。

おそらく、クォン・サンウに視線が集中したのが原因のひとつ。

私はそのくらい、この俳優にお熱である。恥ずかしいのだが。

もうひとつの理由は、ヒロインが幸薄い女性の役柄で、

イ・ヨウォンの最大の武器である

多彩な表情(ことに笑顔がいい)を押し殺していたからだろう。

クォン・サンウとイ・ヨウォン、韓国のスター二人が共演している

豪華なドラマだったのだ「バッドラブ」は。

(マイジッポー)NO4

貝でデザインされたもの。

見る角度によって様々な表情をみせてくれる。Zippo4

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2010年12月 4日 (土)

愛犬チョコが行く

Choco 我が家の犬、チョコです。

メス、八歳、体重五キロのミニチュアダックスフンドです。

名前ですが最初は、中島みゆきさんから取って

「みゆき」とつけようと考えたのですが、

周囲から恐れ多いと諌められ、

チョコレートタンという毛色から、チョコに落ち着きました。

性格は臆病です。家の中では吠えますが、

外に出たら周囲の物音や他の犬におびえ、

尻尾が情けなくも丸まってしまいます。

勿論、吠えることもなく、やたらと家に帰りたがる

散歩嫌いの犬なのです

チョコには哀しい過去があります。

ヘルニアを患ったのです。

元々、ミニュチュアダックスフンドは胴が長いので、

背骨を傷めやすいのですが、フローリングや階段の踊り場を

ジャンプする間に、痛めたようで、

それに発見が遅れ、さらに手術をしたが傷口が化膿し再入院と、

いくつもの不運が重なり、足に障害が残りました。

元々、食卓の上に小さな体で飛び上がるほど

運動能力は高かったのですが、

今は不自由な後ろ足で、よたよたと歩いています。

飼い主がもう少し、注意を払っていれば、

障害を防げたかもしれないという、申し訳ない気持ちがあります。

リハビリを兼ねて毎日散歩させています。

尻尾を高らかに上げ、悠然と歩くことはもうないでしょう。

元の能力には戻れなくとも、八年も付き合った犬です。

散歩しながら、

チョコよ行け!

頑張って長生きしてくれと思うのです。

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2010年12月 2日 (木)

故郷衰退、やるせない

今年、三年ぶりに、故郷大分県佐伯市に帰った。

私の生まれた町は、大分の南端、宮崎よりにある。

陸の孤島といえるほど、交通の便が悪い。

東京からだと、電車を乗り継ぎ、飛行機に乗り、

さらに高速バスで2時間余り。

移動だけで、ほぼ一日が費やされてしまう。

以前は国東半島にある空港がホバークラフトで

大分までつながれていたが、

不採算で廃止になった。

全国のローカルの空港にも随分行ったが、

大分はその中でもかなり不便な空港だ。

空の足が、逆に足かせになっているのだから、

本当に困ったことだ。

大分市の沖合にでも空港を作れば、

観光や人材の交流に有効だろうが、

この不況下で新空港建設など至難であり、

また環境アセスメントの問題もあるだろう。

故郷の町に着いた私は呆然とした。

かつて町には大手町という中心地域があった。

寿屋というデパートがあり、商店が立ち並び、

暮れには人波を見ることもあった。

それが、全く廃墟のようになっていた。

デパートは閉鎖され、その後の利用も決まらないまま、放置されていた。

商店街は虫食い状態にシャッターがおり、人の匂いが消え、錆ついていた。

その大手町の近くに仲町商店街というアーケードのある通りがあった。

子どものころアーケードは珍しく、

にぎわいのあるしゃれた町に住んでいるのだと思ったものだ。

そのアーケードで、毎年夏の土曜日には土曜夜市と名づけられた売り出しと、

金魚すくいなどの出し物があり、子どもたちは大いに楽しみにしていたのである。

だがその商店街も開いている店を探すのが難しいほどの、疲弊の仕方だった。

あれほどまばゆかったアーケードが、のしかかった重い雲に見えた。

私の故郷はどうなったんだろうと思うと、

そこに暮らす人々も、町そのものも哀れに思えた。

やるせない気持ちだった。

私の町だけではない。大分中に、こんなやせ衰えた地域があるのだ。

大分をプロデュースしたいと痛切に思った。

プロデューサーの仕事の本質は、企画、実行、そして展開なのである。

ひとつのプランを考え、具現化し、予算やリソース(人間、設備)を工面し、

さらにそれをムーブメントにし、花を開かせることだ。

いつの日にか、故郷の役に立てることはないだろうかと、

しばし考え込んだ。

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